従来のポゼッション分析の限界
サッカーにおいて、ボールポゼッション率は試合の支配度を示す指標として広く用いられています。しかし、この数字が必ずしも勝利に直結しないことは、多くの試合で証明されてきました。例えば、自陣でボールを保持し続ける60%のポゼッションと、相手陣深くで相手を押し込む60%のポゼッションでは、その意味合いが全く異なります。従来のイベントベースの評価フレームワーク、例えばExpected Threat(xT)やVAEP(Value Added by an Event Probability)、On-Ball Valueなどは、ボール保持中の具体的なアクション(パス、ドリブルなど)の価値を評価しますが、ボールがない状態、すなわちオフボール時の動きが「スペースを創造したのか」、それとも単なる「無駄なボール回し」だったのかという問いには答えられませんでした。私は、この「質」の評価こそが、現代サッカー分析の次のフロンティアだと考えます。
新たな2層アプローチ:ジャンクポゼッション指標
この課題に対し、私は2層にわたる新たなアプローチを提案します。まず第一に、イベントデータに基づいた「ジャンクポゼッション指標」を導入しました。これは、各ポゼッションシーケンスが、Expected Threatグリッドの下でどれだけの脅威の最大増加をもたらしたかを評価します。さらに、リードしている状況での時間稼ぎのボール回しを除外するため、試合のリアルタイムスコアラインを再構築し、同点または負けている状況で脅威の低いシーケンスを「ジャンク(無駄な)ポゼッション」としてフラグ付けします。2026年FIFAワールドカップの103試合、206チームマッチのデータで検証した結果、このジャンクポゼッションフラグは、勝ち点(相関係数r=-0.37)やxG差(r=-0.51)と負の相関を示すことが確認されました。これは、単なるオンボールアクションの価値を再パッケージ化したものではなく、既存のVAEPモデルに加えて、試合結果を予測する上で重要な情報を提供することを示しています。
映像解析によるスペース創造指標 (SCI)
第二の層として、フラグ付けされた「ジャンクポゼッション」の期間について、それが空間的にデッドな状態だったのか、それともスペースを創造していたのかを特定するため、放送映像をピッチ座標に投影し、「スペース創造指標(Space-Creation Index: SCI)」を測定しました。SCIは、ポゼッションがスペースを奪ったのか、あるいは相手のブロックを後退させたのかを捉える、ネットピッチコントロールの変化を数値化したものです。ワールドカップ9試合から抽出した35のフラグ付き期間のうち、31期間を分析した結果、74%が空間的にスペースを創造していない「非創造的」なポゼッション、19%が「弱い前進」、そして6%が「スペース創造的」なポゼッションであったことが判明しました。特に注目すべきは、ボール保持率73%でPK戦の末に敗退したチームの期間にも、複数の非創造的なウィンドウが含まれていた点です。この2層のアプローチにより、イベントデータだけでは区別できなかった「スペースは創造したが得点に繋がらなかったポゼッション」と「単なる無駄なポゼッション」を明確に区別できるようになります。
私の見方:ポゼッションの「質」が勝利を分ける
私は、この新しい指標がサッカーの戦術分析に革命をもたらすと確信しています。これまでは、ポゼッション率という表面的な数字に惑わされがちでしたが、今後はその「質」をより深く掘り下げることが可能になります。単にボールを長く保持するだけでなく、それが相手にどれだけの脅威を与え、どれだけのスペースを創造したのかを客観的に評価できるのです。特に、同点や負けている状況で無駄なパス回しに終始しているチームは、このジャンクポゼッション指標によってその問題点が浮き彫りになるでしょう。また、スペース創造指標は、チームが意図した戦術が実際にピッチ上で機能しているかを視覚的かつ定量的に確認する強力なツールとなります。私の経験上、表面的なデータに惑わされず、本質的な価値を追求する姿勢こそが、プロダクト開発においても、そしてサッカーにおいても成功の鍵を握ると考えます。
ポゼッション率という表面的な数字に、どれだけの意味があるのか。私は常に疑問を感じていました。この指標は、ボール保持の「質」を問う本質的なアプローチです。何を測るか、どう使うか。一次情報を取り、ぐるぐる回して、本質的な価値を追求する。それが正解です。