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1-3 壁打ちで事業を削る

第1章 AI駆動開発とは、コードを書くことではない

想定学習時間: 10分

AI駆動開発におけるアイデアの壁打ち:事業を削り、核を見つける

AI駆動開発において、新しいアイデアが生まれたら、次に行うべき重要なステップは「壁打ち」です。しかし、ここでいう壁打ちは、単にアイデアを褒めてもらうためのものではありません。「いいですね」「面白いですね」「可能性がありますね」といった肯定的な意見だけでは、具体的な進展にはつながりません。

AI駆動開発における壁打ちは、アイデアを削り、本質的な部分に集中するために行われます。最初のアイデアは、往々にして大きすぎたり、多くの機能を詰め込みすぎたり、夢が広がりすぎているものです。この段階でアイデアが広がるのは自然なことですが、開発に着手する前には、それを具体的な形に削り込む必要があります。

AIを「削る」パートナーとして活用する

すべての機能を一度に開発することはできませんし、その必要もありません。多くの機能を詰め込みすぎると、サービスの核がぼやけてしまいます。そこで、AIアシスタントをアイデアを削るための強力なパートナーとして活用します。

AIアシスタントに対して、以下のような質問を投げかけることで、単なる応援役ではなく、プロダクトマネージャー、投資家、顧客、あるいは反対役として機能させることができます。

このような問いかけをすると、AIアシスタントは時に厳しい、現実的な判断を返してくることがあります。事業を構築する上で、優しい共感だけでなく、冷徹な現実的な視点も不可欠です。

具体例:営業自動化サービスのアイデアを削る

例えば、「AIで営業を自動化するサービスを作りたい」というアイデアがあったとします。AIアシスタントは、この漠然としたアイデアに対して、以下のような具体的な問いを投げかけてくるでしょう。

これらの問いに答えていく過程で、「営業自動化」という漠然とした言葉は、徐々に具体的な「何をやるのか」「何をやらないのか」「最初はどこまで作るのか」「何を後回しにするのか」「どこが危険で、どこが売りになるのか」といった形に削られていきます。ここまで明確になって初めて、開発に着手する準備が整います。

「できる」ことと「最初にやるべき」ことの違い

AIを活用すると、チャット、画像生成、動画生成、決済連携、SNS連携、多言語化、レポート自動生成など、何でもできそうに見えてしまいます。確かに、技術的には多くのことが「できる」ようになりました。しかし、「できる」ことと「最初にやるべき」ことは全く異なります。この違いを明確に区別できないと、AI開発はすぐに散漫になり、本来の目的を見失いがちです。

人間は自分のアイデアに愛着を持ちやすく、「これもあった方が便利」「あれも入れたら面白い」「将来的には必要になるかもしれない」と考え、機能を削るのが難しくなります。しかし、AIアシスタントにはそのような愛着がありません。そのため、遠慮なく以下のような質問を投げかけることができます。

これらの質問は、ログイン機能、決済機能、完璧な管理画面、多言語対応、アプリ化など、必ずしも初期段階で必要ではない機能を見極めるのに役立ちます。まずは、AIが入力を受け取り、処理し、結果を返し、保存し、人間が確認できる、という価値の中心が動くかどうかに焦点を当てることが重要です。

もちろん、個人情報を扱う場合や課金が絡む場合など、プロダクトの性質によっては最初からログインや権限管理、安全設計、決済機能が必要になることもあります。だからこそ、壁打ちを通じて「これは最初から必要なのか」「これは後でよいのか」「これは今作ると危険なのか」といった見極めが不可欠になります。

「作る力」よりも「止める力」

AIは指示すれば、どんどん機能を作り、画面を生成し、APIを増やしてくれます。しかし、増えたものを運用し、壊れたときに直し、ユーザーからの問い合わせに対応し、API費用を管理し、本番環境での事故の責任を負うのは、最終的に人間であるあなた自身です。

特に一人で開発する場合、すべての責任が自分に集中します。だからこそ、AIに何を作らせるかを決める前に、何を作らせないかを決める「止める力」が非常に重要になります。AIアシスタントには、開発者としてだけでなく、運用責任者としての視点も持たせて質問しましょう。

これらの問いかけは、設計の質を大きく向上させます。AIに「作れるか」だけでなく、「運用できるか」「売れるか」「続けられるか」「危なくないか」という多角的な視点から質問することが、表面的なデモで終わらない、持続可能なAI開発の鍵となります。

AIに多様な役割を与え、盲点を見つける

AIアシスタントに、以下のような厳しめの役割を与えることで、同じ企画でも全く異なる角度から評価させることができます。

これにより、自分では完璧に見えていたアイデアが、顧客視点では分かりにくかったり、開発者視点では簡単でも運用視点では危険だったり、CFO視点ではAPIコストに対して単価が低すぎたりといったズレを、開発前に見つけることができます。AIは、褒めてもらうためではなく、あなたの盲点を見つけるために活用するものです。

最終判断は人間が行う編集者の役割

ただし、AIアシスタントの言うことをすべて聞く必要はありません。AIはもっともらしいことを言いますが、時には現場を知らない一般論であったり、慎重になりすぎて面白さを削りすぎたり、リスクばかり見て勝負どころを見失ったりすることもあります。

AI駆動開発における人間の役割は、作業者から編集者に変わります。素材を集め、AIに展開させ、AIに削らせ、そして最後に自分で選ぶのです。プロダクトも書籍編集と同じで、すべての機能を入れるのではなく、大事な価値を残し、不要なものを削り、ユーザーに届く形に整えることが重要です。

削ることは、夢を小さくすることではありません。むしろ、最初の一歩を現実にするための作業です。削れない夢は、形になりにくいものです。まず、プロダクトの「核」を動かすことに集中しましょう。

例えば、ある自社プロダクトでは「ユーザーの孤独に、メンターが伴走する」という核があります。また、あるサービスでは「外注せずにLP・HP・資料を作る」という核があります。

核が見えれば、開発はスムーズに進みます。逆に核が見えないまま開発すると、AIも人間も迷い、結果としてユーザーも混乱します。AIアシスタントに「このプロダクトの核を一文で言うと何ですか?」と問いかけてみてください。一文で言えないプロダクトは、まだ削り込みが足りない証拠です。

一文で核を表現し、MVPを定義し、初期機能を決め、やらないことを決め、人間承認ゲートを決め、開発順序を決める。ここまで明確になれば、次のステップである要件定義へと進むことができます。

壁打ちは、アイデアを褒めるための時間ではなく、事業を削り、開発できる形に変えるための時間です。この削る作業をAIと一緒にできるようになると、プロダクト作りの速度は格段に向上し、AI駆動開発の本当の入口に立つことができるでしょう。

人にたとえると

大きな石から作品を創り出す彫刻家の工房を想像してみましょう。

彫刻家は、漠然としたイメージを具体的な形にするため、巨大な原石と向き合います。最初はあれこれと理想を詰め込みがちですが、それでは作品の核がぼやけてしまいます。そこで、彫刻家は様々な道具や助言者を活用します。ある道具は不要な部分を大胆に削り落とし、別の助言者は「この部分が崩れる危険がある」「もっとこうすれば美しくなる」と厳しく指摘します。彫刻家はそれらの意見を聞きながらも、最終的には自身のビジョンに基づき、何を残し、何を削るかを決めていきます。

彫刻家=人間(開発者)
巨大な原石=初期のアイデア
作品の核=プロダクトのMVP